蟻通明神~蟻通神社~

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蟻通神社image ぶらり大阪

泉佐野市長滝村(現泉佐野市) 「蟻通神社(ありとおしじんじゃ)」

蟻通神社image

〒598-0034 大阪府泉佐野市長滝814

かなり広い駐車場があります(^^♪

ご祭神 大国主命・蟻通明神

ときは大和時代、天皇は老人たちは役に立たぬものとし都の外に追放せよとの厳命下しました。しかい、ひとり親孝行の中将がどうしても年老いた両親を都の外に追放することができず、ひそかに自邸の地下に秘密の部屋を作り両親を住まわせました。

あるとき中国から皇帝の使者が2度も訪れ、天皇に難題を突き付けました。その難題が解けなければ日本へ攻め込むというのです。慌てた天皇は家臣たちに意見を求めますが、だれ一人名案がありません!その時中将が老父の授かった知恵で2度も回答して見せたので、使者は感心して帰っていきました。

しあし、あきらめきれない皇帝は3度目の使者を送ってきました。さて3度目の難問は曲がりくねった細い管玉七つを糸で通してつないでみよというのですが、細くて曲がりくねった玉に糸を通すなど不可能に近いものでした。

中将は今度も老父に知恵を借りることにしました。老父は「管玉の片方の穴にはちみつを塗り反対側から細い糸のついた蟻をいれよ、さすれば蟻ははちみつの匂いにつられ糸を通すことができる」と知恵を授けてくれました。

これには中国の使者も驚き、皇帝に日本には優れた知恵者がいるので征服するのは難しいと報告したため、日本は救われました。

このことで天皇は、中将を呼び何でも褒美を申せとたいそう喜ばれましたが、中将は「実は、この度の知恵は自分のものではなく自邸の地下にかくまっている老父の知恵でございます」とことの顛末を語りました。続けて中将はお年寄りには積み重ねた人生経験があり深い知恵があることを解き、天皇も非を悟られすべてのお年寄りを都に呼び戻すことにしたそうです。

※このお話は「日本昔ばなしの姥捨て山(うばすてやま)」の原型かもしれませんね!?

中将はその後大臣となり、死後神としてまつられたそうです。

※蟻通の由来は熊野街道の「通りに在る」からきたとの説もあるようです。

 

境内は自然豊かでのんびり心の充電ができる感じです(^^♪
境内にはたくさんのお社が祀られていますが、ほんの一部だけ・・・

足神神社 旅行・家内安全・交通安全

境内にはこんなお社も、旅好きにはありがたい神社です!

蟻通神社の頭痛なおしの祠

これさえあれば、〇ファリンはいらない!?
ちゃんと大人用と子供用が用意されています(笑)
なんだか、ほのぼのしますね!!

蟻通神社御朱印

御朱印もしっかり頂いてきました。
大変丁寧に対応していただき、感謝感激でした(^^♪

 

ちなみにこの話(姥捨て山)

なんて残酷な・・・と思われるかもしれませんが
今の何でもある世の中とは違い、十分な食料もなく家族が生きていくためには
やむを得ないことだったのでしょう!どうやら、この話だけではなく
姥捨て山(口減らし)の話は全国に残っているようです。

今の生活、愚痴も出てしまうときもありますがこの時代に生きていることを
感謝しないといけないのでしょうね(^^♪

 

実はこちらの神社、もともとこの場所に鎮座していたのではなく
ここから1キロほど離れた熊野街道沿いに今より広い境内を持ち、参道には美しい
松並木のあるそれは素晴らしいお社だったが、あろうことか!?

戦時中の1942年(昭和17年)陸軍飛行場建設のために、現在地に移転をさせられたようだ。戦前の軍部は日本を神の国としながら、本来あがめるべき神の住まう場所さえ奪うという罰当たりなことをしたようだ。

現在、跡地に石碑がててられていました。

蟻通神社跡01

蟻通神社跡立札

蟻通神社跡石碑

そして、「蟻通神社」は1000年以上も続く古社
その重みを考えれば、悔しい思いをされた方も多いのではないだろうか?

※現在の舞殿や拝殿・本殿は旧社を移築、場所も同じということです。

 

余談ですが、神様を追い出してしまうという話は他にもあり、以前偶然とおりかかった旧街道沿いのお社の立て札にはこんなことが書かれていました。

とあるニュータウン建設で、そこを古くから守られていた神社を取り壊したそうです。その神社は街道沿いにありみなが集まる憩いの場になっていたそうです。
時がたち近年の建設ラッシュであろうことか、そのお社も取り壊されてしまったそうです。そして、ニュータウンも完成しましたが何故か不幸が続いたため、

これは、お社を取り壊した祟りではないかという声が上がり始め
ここにお社が再建されたと記されていました。そのお社は小さな公園の片隅で
ひっそり今も佇んでいます。

まるで、みんなが集まってくるのを今も待ち続けているようなそんな切なさを感じるお社でした・・・

 

少し話が脱線しましたが、

日本人は、自然の恵みに感謝し自然の驚異に畏怖しながらも信仰心を失わない、目に見えないものにまで感謝をすることの出来る神とともに歩んできた民族です。

「蟻通神社」・・なにかすごく考えさせらる神社でした。
さすがは「知恵の神様」というところでしょうか!!

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